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2019.1.31
フォーラム・レポート
デジタル時代の「俳優の仕事」
1月31日に開催したフォーラム。
今回は「デジタル時代の『俳優の仕事』」という切り口から、これからの時代になぜ「アナログなリアリズム演技」が必要か、ということに触れました。
それは、いかに内面的に正直にいられるか、ということ。本当の自分と繋がり、それを正直に表現していけるかが、その時代を勝ち抜く鍵になります。
……当日、そんなお話をしていたら。
参加者の中に、僕の話を熱心にノートに書き留めてくださっている一人の女性がいらっしゃいました。
谷川佳世さんです。
フォーラムの、帰り道。
谷川さんが、こんなご提案をしてくださいました。
「今日の話を、レポートにまとめてみたい。」
……こうして、今、僕の手元には、谷川さんがご自身の想いも込めて丁寧に綴ってくださったレポートが届いています。
きっと、話をまとめるだけでも、とても大変だったに違いありません。
僕はこれを、自分だけのものとして手元に置いておくのはもったいないと思い、HPでレポートをご紹介させていただけないかと相談し……。
谷川さんのご快諾を得て、ここに掲載させていただくことにしました。
今回お寄せいただいたレポートをたくさんの方に読んでいただき、EQ-LAB 2.0 が提案する、新たな演劇の世界を一人でも多くの方に知っていただけたなら、とても幸せです。
そして、これからやってくる「好きなことで生きていく時代」に向け、皆さんが考えるきっかけになれば、それほど嬉しいことはありません。
谷川佳世さん、レポ。
先日、谷口浩久さんの『EQ-LAB 2.0 デジタル時代を遊ぶ、演劇研究所』のワークショップ、フォーラムにうかがいました。今回は、フォーラムについてのまとめ、感想について書きます。谷口さんのブログに掲載いただけるとのことで、恐れ多さを感じつつ、自分なりに分かりやすく、当日の内容をお伝えできればと思います。
※自己紹介は、末尾に掲載いたしました。
演劇やミュージカルに関わる方で、特に
・社会はどのように変わってきたのか
・今の社会と芸術との関係性
・自身のこれからの俳優としての生き方
について気になっている方に読んでいただけたら幸いです!
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1.「個人の時代」への移行
2.演劇、スタニスラフスキーシステムについて
3.情報社会で、世間はどう変わったか
4.情報社会と芸術の関係性
5.まとめ
※それぞれ全く異なるテーマに見えますが、全て繋がっています!
1.
「個人の時代」への移行。
個人が主体的に「自分がどんな風に生きていきたいのか」を考え、生きていく時代
1880年代後半、日本での産業革命が起こり、欧米諸国に続いて、日本でも工業化が急速に進み、大量生産、大量消費社会へと移行しました。多くの工場が建てられ、市民は安定した収入を得られるようになりました。
一方で、大量生産社会の中で生きる市民たちは、同じ規範(ルール)の中で生きることが求められるようになりました。まさに、「右向け右、左向け左」の文化です。他の人と同じことをするに教育され、働いてきたのです。組織の中で与えられたことを教えられるままに遂行し、「自分はどんな風に生きていきたいのか」を考える必要も、機会もありませんでした。
・「個人の時代」への移行
しかし、近年は「個人の時代」になったと言われるようになりました。
その背景には、各企業経営不振による、リストラ、経費削減、倒産などが関わっています。
多くの事業、会社が乱立する中で、その中で企業として存続するのが難しくなってきました。新卒で就職する企業に定年まで勤める、「終身雇用」は崩れた、と言われています。
そして、働く人一人一人にも、「収入源」が1つだと危険、という概念が生まれました。
このような時代の背景により、これからは私たち一人一人が「主体的に自分のやりたいことを考え、実行し、社会に価値を出していく」時代になりました。
2.
演劇、スタニスラフスキーシステムについて
スタニスラフスキーシステムとは、「俳優の脳内に、台本を基にした緻密なバーチャル世界をつくることで、出したい感情が自然に湧き出て、身体の変化や自律神経までも操ることができるようになる。それこそが良質でリアルな演技」、ということを提唱しているシステムです。
谷口さんのワークショップでは、スタニスラフスキーシステムが実践され、演じないために、演技している最中に、「何を考えるか」「どんなことが大切なのか」を伝えています。
・スタニスラフスキーシステムでは、アナログ的演技が求められる
システムでは、「自分に向き合うこと」が要求されます。不安、喜び、悲しみなど様々な感情を呼び起こすために、体験を思い起こし、「自分はどんな出来事に感情を動かされたのか」ということを考える必要があります。
3.
情報社会で、世間はどう変わったか
1980年代後半の「ポケットベル」の普及から、PHSの登場、スマートフォンの登場まで「情報革命」が起こり、私たちの生活は大きく変わっていきました。人に聞きに行ったり、現地に赴かなくても、人、モノ、場所などの様々な情報を得ることが出来るようになりました。情報を手に入れるための距離、時間は短縮されました。
・「私たちが発信する情報は、世界の砂浜の砂粒の1つ?」
2010年のアメリカのIDC社の調査によると、1年で世界には「1ゼタバイト」の情報が流れたといいます。「ゼタバイト」とは、「地球上の砂浜の砂の数」を表しています。
東京オリンピックが開催される2020年には、「35ゼタバイト」の情報が世界中に流れると言われています。今の35倍の「地球上の砂浜の砂の数」の情報量が発信されるということです。
(参考ページ:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/43385?page=2)
私たちがSNSなどを通じて発信する情報は、その一粒の一つに過ぎない、と言われています。それほど、情報が届きにくい時代になってるのです。
4.
情報社会と芸術の関係性
そんな「個人の時代」と「情報革命」が起こった現代において、演劇、ミュージカル、美術、ダンスなどを含めた「芸術」はどのように変わるのでしょうか?そして、「芸術」は必要なのでしょうか?
・演劇のシステムは昔から変わっていない点が多くある
実際、演劇はポケットベルが普及した1980年代後半から変化していない部分が多いです。例えば、劇団で公演を上演する際、どうやってお客さんに知ってもらうか。
劇団内でチラシを刷り、「何枚いる?」と俳優、スタッフに聞き、それぞれ周りにチラシを配る。ネット上で集客しようとしても、なかなか情報が届かないことが多く、集客に繋がらない。
ミュージカルを上演する際の楽譜も、紙媒体が中心。世間がデジタル化、SNSで人が繋がるという時代になっていても、演劇産業はあまり変わっていません。今、情報を届ける手段は新しくなっています。先ほどお伝えした「砂粒の一つの情報」も工夫次第で、より多くの人に届けることができるようになっています。もともと知名度がなかった一般人でも、工夫と努力で影響力を持つことができるのです。例えば、showroomなどのライブストリーミングなどです(動画や音声での生放送)。
ミュージカル業界においては従来は、様々な歌やダンス、演技などの訓練を経て、大きい舞台のアンサンブルになり、スターであるプリンシパル(メインキャスト)を目指すのが当たり前でした。しかし、今は従来とは違う方法で、自身を知ってもらう機会を増やし、ファンの獲得に繋げることができます。
情報革命の影響で、従来とは異なる、「成功への道」が拓けたといえます。
情報社会をうまく活用し、自身の成功に繋げるためには、「オンライン」と「オフライン」の使い分けが重要です。「オンライン」で日々発信する中で、認知を高め、ライブや握手会などのオフラインに繋げることで、濃いファンが生まれ、「あなたが選ばれる理由」が高まります。
・では、なぜ「芸術」は必要なのか?
多くの情報や人、モノにすぐアクセスできる現代社会において、なぜ芸術は必要なのでしょうか?それは、直接劇場やホールに赴き、実際に生で、演技や歌、ダンス、演出に触れることで、自分の「何かに響く」からです。
自分の「何かに響く」ことはなぜ必要なのか?これは、あなたが俳優の場合でも、そうではない、観客の場合でも必要です。
・俳優である場合
先ほどお伝えした、「スタニスラフスキーシステム」では、「自分に向き合うことが要求されます。不安、喜び、悲しみなど様々な感情を呼び起こすために、体験を思い起こし、自分はどんな出来事に感情を動かされたのか、ということ」を考える必要があります。例えば、オーディションで演出家に褒められて、とても嬉しい気持ち。それを、演技の中で「オーディションで演出家に褒められる」文脈ではなくても、その場面を思い出して、「喜び」という気持ちを呼び起こすのです。
そのためには、日々たくさんのことに触れて喜び、悲しみ、驚き、怒りなどを感じる必要があります。演劇を通じて生でキャラクターを客観的に観て、その感情に触れて、共感し、心を動かされた経験はありませんか?
きっと、日常の経験を通じて感じた感情と同じくらい、シーンを目で観て、耳で聴いて心を動かされた経験はより鮮明に自分の心に響くはずです。
その強烈に心を動かされた経験を思い起こせば、演じない演技に繋がるはずです。
・観客である場合
あなたが観客である場合、劇場に行ったり、美術館に行ったり直接芸術に触れることで、「自分」を見つめなおすきっかけになります。自分はどんなことに喜びを感じ、驚き、怒りを覚え、悲しみを感じるのか。そうやってストーリーを通じて自分を見つめなおすと、あなたがどんなことを幸せに思うかが見えてくるはずです。
それが、あなたが主体的にやりたいことを考え、「主体的に自分のやりたいことを考え、実行し、社会に価値を出していく」ことのきっかけになります。
5.
まとめ、感想
社会は、受け身で「自分がどんな風に生きていきたいのか」を考えなくても良い、他の人の真似をして生きていけば良いという時代から変化していきます。
それは、主体的に「自分がどんな風に生きていきたいか」を考え生きていく時代。
演劇は、確かに変化していない部分も多くあり、情報や経験を取りに行く時間や距離が短くなった現代において、「なぜ必要なのか。」を問われることはあります。
しかし、演劇を含め芸術は、時代に即して主体的に「自分がどんな風に生きていきたいか」を考えるきっかけになります。そして、自分を見つめなおし、「自分の幸せ」を考える機会にもなるのです。俳優さんにとっては、芸術は自分を見つめ直すことで、谷口さんが提唱する、スタニスラフスキーシステム、「演じない演技」を実現する機会になると考えます。
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長くなってしまいましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
私自身、「芸術(演劇、ミュージカル、ダンス、美術、伝統芸能など)は一部の人が楽しむもの」という価値観を変えたい、芸術の可能性を拡げたいという想いのもと今回記事を書かせていただきました。そして谷口さんのお話を文章にすることで、少しでも、谷口さんの想いが多くの人に届くことを願っております。
■プロフィール
谷川佳世
Kayo Tanigawa
青山学院大学在学中。「表現者と共に心豊かな社会を創る」という理念のもと、ミュージカル団体のライブや公演の広報活動、ミュージカルライブの主宰などの活動をしている。過去には、人材業界会社のインターンシップを通じて、学生や社会人含め100人以上のキャリア相談に乗る。「芸術の可能性をPRの力で拡げる」という想いのもと、活動中。
Twitter:
谷川さん、ありがとうございました!!
僕のフォーラムでの話に考えを巡らせ、それをレポートというご自身の言葉として「表現」してくださったこと、心から感激しています。
今回のフォーラムで皆さんに投げたボールをこのような形で投げ返してくださったことは、いまだ本当に手探りな状態で自分の活動を進めている僕にとって、大変励みになります。
これからも、自分を信じて、この活動を続けていく勇気をいただきました。
このレポートを読んで、EQ-LAB 2.0 の活動に少しでも興味を持ってくださった方がいらしたら、ぜひ、今後の活動にご参加ください。
演技ワークショップだけでなく、セミナーやシンポジウムなども積極的に開催していく予定です。
詳しくは、HPをご覧ください。
演劇研究所「EQ-LAB 2.0」のHPです。
演技ワークショップの他、セミナー、シンポジウム等の情報を掲載しています。
今回、谷川さんがレポートしてくださったフォーラムも含め、1月に開催された「スタートアップ・ワークショップ+フォーラム」はこんな企画でした。